Paracalanus parvus s.l.の性的二型異常

・性的二型の異常現象について

 一部の浮遊性カイアシ類において、メスの第5胸脚がオスの形態をとる(オス化)現象が見られます。このオス化現象は古くから知られており、その原因として吸虫類(図3)、渦鞭毛虫類などの内部寄生虫の存在と、環境ホルモンのような汚染物質の影響が考えられています(Sewell,1951;Ianora et al.;Moore & Stevenson, 1994)。

図3.吸虫類に寄生されたParacalanus parvus s.l.

しかし、この寄生個体には第5胸脚の異常は見られませんでした。

●外部生殖器官の異常

 竹原ステーションでは2002年より広島県沿岸におけるParacalanus parvus s.l.の第5胸脚の異常について研究を行っています。その結果、通常メスの第5胸脚は両脚2節であるのに対して(図4-A)、左脚が2節ではなく、3節であったり、4節の構造を持つ(図4-C,D)オスに類似した形態を持つものが見られました。広島県沿岸の6地点において、このような第五胸脚の異常なメス個体は全個体数あたり1.15〜2.65%出現しました

図4.第5胸脚の形態

A. 正常なメス(両脚2節); B. 正常なオス(左脚5節);

C. 左脚が3節の異常なメス; D. 左脚が4節の異常なメス.

  

●内部生殖器官の異常

 上記の第5胸脚の異常個体について、前体部の横断面切片を作成して、その内部構造を観察しました。その結果、正常なメスは消化管上部に卵巣が均一に存在しているに対して(図5-A,B)、第5胸脚の異常個体は卵巣の欠如しているもの(図5-C)や、正常な形状をなさないもの(図5-D,E)が観察され、内部生殖器官にも異常をきたしている事が分かりました。

 

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図5.Paracalanus parvus s.l.の前体部の横断面切片.

A,B.正常なメス; C,D,E. 第5胸脚が異常なメス.G;消化管

 

 そして、第5胸脚の異常個体の卵細胞の微細構造を透過型電子顕微鏡で観察すると、一部の卵細胞で核が異常増殖している細胞(シンシチューム)が見られ、正常な機能を失っている事が確認できました(図6)。

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図6. 第5胸脚の異常個体の卵細胞

Sy.シンシチューム状態となった細胞(矢印は核を示す)

★内外部生殖器官に異常を起こす原因は・・・

 現在、この異常現象について環境ホルモンの一つで、メスのオス化を引き起こす有機スズ化合物(特にTBT)との関係を調査しています。その結果、TBT濃度の高い水域ほど異常個体の出現率が高いという傾向は見られますが、まだはっきりと断定する証拠は得られていません。よって、1、低汚染水域での異常個体の出現率 2、実験室内でのTBT曝露によって異常個体の誘発 3、異常個体の出現率の季節変動 4、第5胸脚以外の附属肢での性的二型異常の有無 5、内部寄生虫の有無 など様々な角度からこのParacalanus parvus s.l.の性的二型の異常現象の原因を解明しようとしています。

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